【仙三】カレーライスの女


「お前ってさ、どんな女が好みなわけ?」



 男子大学生としては普通の。けれども二人してベッドの中で微睡んでいるにしては異様な。
 そんな問いかけをされた仙道彰は眠たげな眼をぱちり、と瞬かせて、その言葉を放った張本人を見つめた。

 鼈甲を溶かし込んだような髪色と、同じく色素の薄い瞳。意志の強そうな眉(自分とは正反対な角度の)は、今は少し緩んでいる。
 数分前まで自分に揺さぶられ吐息を荒げて汗ばんでいた肌は、少しずつ落ち着きを取り戻しているようだった。

 高校時代は殆ど会話する機会もなく(学年が違ったし、他校だったし)大学に進学して、大学バスケ部の先輩の中に湘北の14番を見つけて驚いたことは記憶に新しい。そこから紆余曲折あって、こういった関係になっているわけだが……今回のところは割愛したい。

 好きなタイプの女??
 言われた言葉を反芻するように繰り返すと、三井はこくりと頷いた。頬にやんわりと笑みを携えている。これは自分をからかいたいときの、彼の笑うクセだ。

「なんか、あんだろ?お前にもそーゆーの」
「ええ~?三井さんもだと思うけど、ほとんど毎日バスケしてるし、暇があればこうやって三井さんとセックスしてるからなあ。女の子と触れ合う機会も殆どないし。いきなり言われても」
「花の男子大学生が悲しい生活送ってんだなあ?」

 それを言うなら『花の女子大生』だろうだとか。自分だって『花の男子大学生』ですよね、だとか。三井の返してくる言葉はいつだってバスケの試合で自分に出してくるキラーパスのようで、自分の想像の範疇を超えてくる。
 毎日びっくりして、だから面白くて、今更平凡な女子大生とどうにかなろうだとか、手放す気になれない。

 そして三井が自分のそういう思考も重々分かったうえで、敢えてそういう問いかけをしてきているのも分かる。所謂、ピロートークなのだ。


「別に触れ合う機会ゼロってわけでもねーだろ?ゼミの飲み会とか。グループワークの講義とか」
「う~んそうですね……。……あ、一回だけエロいなって思ったことあったかも」
「何?どんなヤツ?」
「高校生の頃です」

 ずいっと顔を近づけてきて、短い三井の髪が鎖骨あたりをこそばゆく撫でさするように擦れ合う。仙道は手触りのいい甘栗色の髪を梳きながら、間接照明でうっすら暖色に色づいた天井を見つめた。


「文化祭の打ち上げがあって、二次会はオールでカラオケするかってことになったんです。一次会で門限ありそうな真面目そうな感じの女の子は殆ど帰ったんですけど、不思議とその子は黙ってついてきてたんですよね。見た目的にも、オール参加します!ってタイプじゃない。クラスでも何回か席が近くなったりしたんですけど、そこまで喋ったこともない。とりあえず二次会のメンバーでひとつの部屋に入って、最初は歌ったり盛り上がったりしてたんです。でも皆が盛り上がってるとき、その子は一回も歌ったりしなくて。不思議だなあ何で二次会まで来たんだろうって思ってたんです。それで、オールって魔の時間あるじゃないですか。二時から四時くらいかな。始発の電車が始まるまでの二時間くらい。もう全員睡魔にやられて、床やらソファーで崩れ落ちるように寝てたんですよ。勿論オレも寝てて。でも、何か音楽が鳴り始めた気がして、ふと起きたんです」

 安っぽいミラーボールが回る中で、今では珍しいアナログテレビから色褪せたカラオケのイメージ映像が流れていた。
 誰も見ていない中で、イメージ映像を流したテレビの真横、ソファの端にひっそりと座っていた。
 ブラウン管テレビの淡い光が、彼女の横顔と黒髪を照らしていた。

「誰が聴いてるわけでもない。誰が盛り上げてるわけでも、見てるわけでもない。それなのにぼそぼそと、起こさないようにしながら小さな声で歌ってるんです、『カレーライスの女』。懐かしいですよね、あの裸エプロンのジャケット。『終わっちゃったから仕方ないけど、貴方ありきの私だったから、今の私になにもない』って。誰に聞いてほしいわけでもなく、失恋した曲を真夜中の、ブラウン管テレビがある場末のカラオケで歌ってるんです。黒髪のセーラー服で。なんかその姿見た時……エロいな、好きだな~と思っちゃったんですよね」

 ふと、思い出す。
 誰にも聞かれないようにひっそりと歌っていた彼女の姿を。 真面目なセーラー服に包まれた彼女が、両手でマイクを握っていた横顔を。

 あの瞬間、彼女の真綿で包まれて隠された感情をふと、自分は覗き見してしまった。



「……お前、そういう女好きそう。なんか理由とかはねえけど、分かる……」
「俺、どんな男だと思われてるんですか」

 神妙そうな顔で三井が頷く様子がおかしくて、仙道は笑った。三井がシーツを手繰り寄せるようにして抱きかかえる。

「オレ、女じゃねえし、その女と真逆のタイプだと思うけど。お前はオレでいいわけ……?」

 深い琥珀色の瞳が、面白おかしそうに細められている。
 本心では絶対そんな謙遜してないくせに。そんな自信満々な姿も可愛くて、仙道はその目元に戯れのように口付けた。

「あ~~こんな話してたらなんか、いま無性に三井さんが作ったカレーライス食べたくなってきちゃったなあ。前に作ってくれたの美味しかったもんなあ……」
「おだてられてもカレーは作んねえぞ。いま何時だと思ってんだ」
「じゃあ明日の昼は?」
「……仕方ねえなあ」

 やった、スパイスたっぷりのチキンカレーがいいです。注文が多い奴だな。そんな軽口を叩きながら三井のうなじに顔をうずめた。




台所に立って あなたの大好きな料理
久しぶりに作ったのよ料理
たったこれだけでも いまの私の財産ね
東京に来てからの財産ね

なんもない なんもない
なんもない なんもない
だけど少し今も 夢を見てる
だから私明日も 生きていける






end