距離がなんだ。すぐにでも飛んできてやる

「距離がなんだ。すぐにでも飛んできてやる」
 日本を離れアメリカに向けて発つあの日、羽田空港で流川にそう言って笑ったその笑顔のまま、その男は今バルセロナ空港に立っていた。


「……本当に来た」
「本当に来たってなんだ!もうちょっとさあ『嬉しいですセンパイ〜♡』とか言えよ」
「オレがそんな事言うと思う?」
「海外でリップサービスの一つでも覚えなかったのか〜?『センパイがはるばる日本からきてくれて、ルカワ、カンゲキ〜!みたいなさ」「絶対言わねーす」
 その返しを予想していたかのように三井がケラケラと笑っている。その間に流川は三井のスーツケースを手に掴んだ。ヨーロッパまでの長旅を少しでも労うその姿勢に、満更でも無さそうに三井が鼻を鳴らす。
「とりあえず荷物置いてからだな〜。何が美味い?オススメの店教えろよ。あとあそこは絶対行きてえんだよな。ピサの斜塔」
「……ピサの斜塔?」
「ああ、 『あれと同じ角度で傾く三井さんの写真撮って来てください』って、仙道がさ」
「……仙道?」
「交流戦で久々に会ったんだよ。オールスター人気投票一位のくせに相変わらず飄々としてやがったぜ、くそ……まあ、まだ中間発表だからな。オレも最終結果ではトップ10に入ってみせるけどよ」
「…………」
「なんだ、どうしたよ流川」
「……センパイ、一つ言ってもいい?」
「なんだよ」
 やけに神妙な顔つきで、流川が珍しく言いよどむ。何でも歯に物着せぬ言い方をするこの男にしては珍しい様子に、三井は首を傾げた。
「ピサの斜塔があるのはイタリア」
「なっ……!?ま、マジかよ!!」
「マジ」
「スペインじゃねーの!?じゃあアイツなんであんなこと言ったんだ!?」
「あいつ……センドーはそういうところ、あると思う。高校のとき、沢北のこと……北沢って言ってたから」
「……な、なんてヤローなんだ……」


 三井の脳裏に、ほがらかに笑う仙道の顔が浮かぶ。まあ、確かにバスケ以外ではどこか抜けたところがある男だとは思っていたが、まさかここまでとは……。まあ、ちゃんと確認しなかった自分も自分ではあるのだが。
「まじかよ……じゃあ仙道が『スペイン良いですね〜地中海の魚は釣ったこと無いから行ってみたいなあ。流川案内してくれるかな』ってのも言ってたんだけど、地中海も間違ってるわけ?」
「……ソレはギリギリ合ってるけど、来ても案内しねー……」


 久々の再会だというのに、さっきから他の男の話や観光の話ばかりで、全然面白くない。三井はさっき自分に『もっと喜べ』と言ったけれど、これでも昨日の夜はなかなか寝付けなかったのだ。明日には会えるのだと思うと、いつもは数秒で眠りにつけるはずの身体が、どこか高揚して目が冴えてしまった。
 そんな気持ちになったのは、初めてアメリカに発つ前日くらいのものだったのに。それなのに三井ときたら、今この瞬間にもキョロキョロと周りを見渡しあれが美味そうだの、あれは何なのだと騒ぎまわっている。
「……先輩、何しに来たんすか」
「はあ?何って……そりゃあ決まってんだろ!本場でレアル・マドリードの試合を見るためだっての」
「………………」
 よりにもよってサッカー。バスケじゃなくサッカー。急降下した気持ちを隠すことなく、恨みがましい目で三井をじとりと見つめると、「悪ぃな」と詫びて三井は苦笑した。
「お前のそのふて腐れた顔も久々に見たくってよ、悪ノリした」
「…………」
「悪ぃって言ってんだろ〜!とにかくさ、荷物置かせろよ。中に入れてきたから、バッシュ」
「先輩……」
「おう、久々に1on1しようぜ」


 あの頃と変わらない笑顔。あの頃から変わらない二人の――。
「スリーポイント無しだから」
「分かってらあ!……本当に根に持つよな、お前」
「持ってないっす」
 そんな軽口を叩きながら空港の出口を出ると、上空にはどこまでも透き通るようなスペインの青空が出迎えてくれた。

END