いいニーハイの日

 まるで部活の休憩中にタオルを手渡されるように、とても自然な流れで渡されたそれに、三井は顔を顰めた。

「……何だよこれ」
「ニーハイ」
「いやそれは見れば分かんだよ、そういうことじゃなくてよ……」

 問題は、そんなものをどうして思春期の十代……しかも頭の中はバスケと睡眠のことしか無さそうなこの男が所有しているのかということだ。ぺらり、とした黒いそれは、少し光沢がかった生地らしく三井が少し引っ張ってもかなりの伸縮率があるらしいことが伺えた。……いや、今はそんな記事の伸び縮みはどうでもいい。

「だから、なんでお前がニーハイなんて持ってんだよ」
「姉貴がくれた」
「はあ!?」
「一回も履いてないんだけど流石に年齢的に無理になってきたからカノジョにでもあげて、って言われた」
「……あー、そういうことかよ」

 女のカンというものは鋭く、流川は三井と付き合って一週間もたたずに姉に「あんた、最近いいことあったでしょ」と追及され、仕方なく恋人が出来たことを白状したことは聞いていたのだが、さすがに弟の恋人が男だとは思わなかったようだった。
 お姉さん、付き合ってるのはこんなごつい年上の男です、申し訳ありません。心の内で謎の謝罪をして、三井は流川に向き合った。

「おねーさんには申し訳ねえけど、カノジョにあげたっていうていでそっと処分しとけよ」
「先輩に穿いてほしいと思って出した」
「……え??」
「先輩に、穿いて、ほしいと、思って、出した」
「いや別に聞き取れなかったわけじゃねえ!」
「……じゃあ何」
「何でオレがこんなのを穿く必要があるんだよ、どう考えたって恥ずかしいだろうが。なんのメリットもねえ」
「今、この家にいるのはオレと先輩だけ」
「ああ、そうだぜ。お前がNBAの録画した試合が見たいっていうからだろ?」
 電車を乗り継いで湘北まで通っている三井と違い、流川の実家は自転車で数分の所にある。そんな流川の家に来たのは両親と姉が不在であるということと、昨日約束していた朝練に三井が寝坊してしまった罪ほろぼしでもあった。

「でも姉貴はコイビトにあげてって言ってた」
「……オレは別に女じゃねえし、こんなの穿いても絶対ネタにしかならねえだろ」
 三井が反論すると、流川は珍しく拗ねる事なく、小さく溜息をついて下を向いた。しょんぼりとした様子に、三井が少しだけ罪悪感を感じ始めた時だった。
「……昨日の朝練、すっぽかされたの結構傷ついた」
「うっ……すっぽかしたわけじゃねえぞ、寝坊……しただけで……」
「先輩は疲れてるし忙しいのも分かってる。でも、ずっと待ってたから」
「それは、その……」
「オレのことなんて、忘れられるくらいなのかって悲しくなった」
「いや、忘れてたわけじゃねえんだって!」
「……そんな傷心のコイビトがお願いしてる事すら、先輩は聞いてくれない……」
「う、ぐぐ……」
「……先輩……」
 参ったと言わんばかりに三井ががくりと頭を下げるのと、流川が右手の拳を握りしめ小さくガッツポーズをしたのは、ほぼ同時の事だった。



「先輩、穿けた?」
 元不良らしいガラの悪いすぎる舌打ちの音が、カーテン越しに聞こえてくる。分かった穿くから、頼むから穿いてる所は見るなと言われて、流川は大人しくカーテンにくるまって目を瞑っていた。
 溜息とぎし、とベッドがきしむ音が聞こえる。普段より声のトーンが数倍低い先輩兼恋人の声と反比例するように、流川の内心は小さく躍っていた。
「もうカーテンから出てもいい?」
「…………」
 返事はない。けれど、大丈夫だから何も言わないのだろう。流川がくるまっていたカーテンから顔をのぞかせると、ベッドの上で膝立ちになったまま俯いている後ろ姿が見える。


 制服の、学ランのズボンだけを脱いだ姿。ブランドのボクサーパンツから伸びる脚は、流川が先ほど手渡したニーハイソックスに包まれている。部屋の蛍光灯の照明に反射して、光沢のある生地がつやっと光る。バスケットボールは屋内球技であるし、そもそも太腿のそんな所は通常であれば服に隠されている。ゆえに、健康的な肌色というよりは少し生白いその肌に、黒がよく映えている。
 白くきめ細やかな肌ではあるが、毎日の部活で鍛えられた筋肉の隆起が、穿いているのが女ではなく男なのだと教えてくれるようだった。上半身は学ランで、下半身は女のような恰好をしている。そんな十代にとっては刺激が強すぎる倒錯的な光景に、流川は無意識に唾を飲み込んだ。
 三井寿のこんな姿を知っているのは、きっと自分だけだ。独占欲と優越感、下腹にもったりと溜まる色んな感情を抑えて、流川は近寄った。
「……先輩」
 声をかけると、三井の肩がびくりと震える。後ろを向いていた身体をねじり、恨めし気に見つめてくる。
「本当お前……趣味悪すぎるぞ」
「似合ってるっす」
「はあ?お前の目は節穴かよ……くそ……バカるかわ……」
 羞恥のせいか、三井の目尻にはうっすらと涙すら浮かんでいるように思える。そういえばこの人はよく泣く人だった。そんなすでに懐かしい部類に入る体育館襲撃のあの日をふと思い出す。
「そんなにイヤだった?」
「当たり前だろ!……本当意味分かんねえ、こんなヤローの生足見て何が楽しいんだよ……」
「意味わかんねーことは無い。オレは楽しいって思ってる」
 流川もベッドに膝をつく。こちらを向かせるようにして、頬に音を立てながら口づけると、三井がくすぐったそうに身じろいだ。
「……お前、いつもよりテンション高くねえ?」
「先輩がかわいーから」
「っ……そんな事言われて喜ぶとか思うなよ!」
「別に思ってない。お世辞じゃないし、オレが言いたいだけ」
「……っ……」
「先輩、可愛い」
「~~~ッ!」
 耳まで赤くなってしまった恋人のこめかみに口付けながら、流川は自分よりも少しだけ小さな身体を抱きしめる。いつもは年上で、先輩で、いつも自分の世話をやいてくれるような男が、今はこうやって自分の腕の中で真っ赤になって身動きが取れなくなっている。
 流川はそのまま、三井の脚に手のひらを沿わせる。その足は決して女のようにふんわり、ふっくらとなめらかに脂肪のついた触り心地の良いものではない。けれども、流川はそんな筋張った三井の脚にしか欲情しないから仕方がないのだ。
 抱きしめたまま、少し隆起した下半身を太腿に擦り付けて揺らすと、顔を真っ赤にさせたままの三井が静かに喉を鳴らすのが聞こえた。



 三井を後ろから抱えるような体勢で、流川は彼の二つの突起を指先で弄んでいた。左手はおざなりに脱がした学ランをベッドの下に落としたあと、未だに穿いたままのニーハイソックスと肌の境界線を辿る。
「あっ……、く……」
「……これも脱がしてほしい?」
 こくこく、と必死に縦に頭を揺らす三井の言うとおりにしてやりたい気持ちと、もう少しこのまま眺めていたい気持ちとないまぜになる。せっかく罪悪感につけこみ、わがままを言って穿いてもらったのだから、もう少しだけ堪能しても許してもらえるだろう。
 流川の手はするっと三井の下腹部にのび、ボクサーパンツ越しにやんわりとそこを握る。すでに熱と硬度を持ったそれは、張りのある感触を伝えてくる。
「女物のニーハイ穿きながら、こんなところ硬くさせてる」
「っ、く……やっ……」
 下着をずらしてやると、天を向いて反り返っている三井の先端がぽろりと顔を出す。そこはすでに透明な体液でてらてらと濡れて光っている。人差し指で円を描くように鈴口を擦ってやると、喉の奥から抑えきれなかったらしい嬌声が漏れ出た。
「んあっ!……っあ……も、るかわ……やめっ」
「もっとちゃんとさわってほしい?」
 流川が自分の下半身を三井の後腿に触れ合わせると、三井は下唇を噛んで耳を赤く染めた。
「オレも、先輩のこんな格好見て興奮してる」
「っ……んっ……ぅ」
 片手で自分の下着を強引に下ろし、怒張しているそれを取り出すと三井の尻の間につうっと滑らせた。上下に擦り上げるように、彼の滑らかな臀部を堪能する。そのまま下の方までいくと、自らの出っ張った先端で後ろから三井の陰嚢を突く。
「あっ!ひゃ!ああっ!……っ、あ」
 すでに三井の下着は片方の脚だけに頼りなく絡まっているだけで、彼のまろい尻は流川の前で無防備に揺れることしかできない。それをいいことに、ぬちゃぬちゃと水音を立てながら流川の陰茎が三井の太腿の間――……いわゆる、ニーハイを穿いている所と股との絶対領域の間を行ったり来たりする。すでにぱんぱんに腫れ上がった陰嚢をふるり、と揺らして、三井は少しずつじれったく、何か焦燥感にも近いものが自分の身体を熱くさせているのを感じていた。
「あっ……ぁ……、るか、ゎ……」
 自分でも恥ずかしいくらいに、何かをねだるような甘い声が漏れてしまう。その声に小さく流川が笑ったのが分かった。いつもは仏頂面のくせに、こんなときに笑うなんて本当にスケベな奴だと思う。でも、自分も同じくらいはしたない。女物の靴下を穿かされて、今にも消えてしまいたいくらい恥ずかしいのに、でももっと流川に触れてほしいという気持ちも同じくらい抱えている。
「指、入れてほしい?」
「ん……いれ、て……」
 思考がどんどん溶かされたバターのように形を無くしていく。あとに残ったものは、快楽を求める本能的なものだけだ。
 三井の言葉に応じるように、流川の手がきゅっと締まった後蕾に挿し入れられる。
「は、あ、んんっ……」
「力、抜いて」
「あっ、あ……そこ、こわ……こわいっ」
「ウソ。気持ちいい、の間違い」
「あ!っ、んんぅ……はぁっ……」
 流川の手が腹側の浅い所をくすぐると、腰を揺らしながら熱い吐息を漏らしてしまう。
 腹側にあるしこりを指で挟まれて揺らされるのが堪らない。それ以上されると何かを越えてしまいそうで、でもその『何か』を越えたいと思ってしまう。そんな感情はさすがにまだ流川には知られたくなくて、ただただ「こわい」と口走ってしまう。

「……せんぱい」
「ん……、いい、ぞ」
 流川は三井のほぐれた後孔から指を引き抜くと、自らの先端をぴたりとくっつける。そして、そのままカリ首の一番太い所までを一気に挿し込んだ。
「……っ、アアッ!」
「……、く……」
 ぎゅうっと締め付けてくる熱く波打つ淫肉に翻弄されるまま、本能のままに腰を打ち付ける。パン、と肉が弾かれたような音が部屋の中に響く。
「る、るかわっ……はげしっ……ッ!」
 振り向かれても、そんな涙まじりのとろとろな表情で見られたら逆効果だということに、この年上のコイビトは気づいているのだろうか。より一層反り硬くなったそれを自分の中で感じ取ったらしい三井が、びくんと腰を揺らす。
「あ、やだ……そんな、おっきくぅ、すんなっ……」
「そんな顔して、こんな格好してるから無理」
「んんっ!あっ!る、るかわっ……!」
「っ……!く……せん、ぱい……っ」
 その低く掠れた声に、身体の奥が疼いてしまう。十五歳の、自分より二つも年下の男が自分のこんな姿を見て興奮している。流川の押し殺した熱い吐息がうなじにかかるたびにぞくぞくする。こんな自分で感じているんだって、嬉しくなる。わがままをきいて、こんな恥ずかしい格好をされてもなお、三井は流川に甘いのだ。
「せんぱい……ッ!!」
「ンッ、あ、ァ……アアッ!」
 ぐっと最奥を突きあげられた瞬間、腹の中に熱いものが広がる。じわじわと流川の精液が自らの中を満たしていく感触に、三井は腰が蕩け落ちてしまうんじゃないかと思ってしまう。


 遂情で少し萎えた陰茎を抜かれると、どこかしら、ぽっかりとした空虚な気持ちに襲われて、肩をぶるっと震わせた。閉まり切らない後孔から、とろりと残滓が流れ落ちる。
 避妊具を付ける余裕もなく中で出された精液が重力に逆らわず溢れ出て、それは内腿を流れてニーハイソックスに浸み込んでいく。


「……ぜったい、こんな姿ほかのやつに見せちゃ駄目」
 流川がぽつりと溢した言葉に笑ってしまう。こんな姿にさせたのは一体誰だというのだ。

「こんな姿……お前にしか見せねえよ、ばーか」

END