【洋三前提洋平×モブ♀】ざまあみろ

『セックスのあとの男の子の汗は、ほんのりハミチツのにおいがする』。


 うろ覚えだから間違ってるかもしれないけど、そんな言葉がふっと頭の中に浮かんできた。
 それはまだアタシが大人になる前の、うら若き十代の頃だっただろうか。どこかの本屋で、何気なくタイトルを見て頭の片隅に残っていたのだ。

 でも今だから言える、あんなのはウソだ。大嘘だ。
 男の汗の匂いは、全然ハチミツなんかじゃない。ただただ、荒々しい男の臭いしかしない。
 夢を見ていた少女時代はすでに遠く、あちらこちらでぽろぽろと結婚の話が出てくる年齢になった。それでもアタシは、こんなことばかりを繰り返している。

 将来の見えない関係を続けている自分の事を、学生時代の友人は笑うだろうか。




 濡れてくるくるとあちらこちらに跳ねる髪を強引にタオルドライして、廊下やリビングに散らばっていた衣服を一枚ずつ拾った。
 それは寝室までの道順に間隔をあけてぽつん、ぽつんと落ちている。ベッドサイドに落ちていた最後の下着をひろって、そのままそれを両腕に通した。
 紐を肩に引っ掛けて、両手を背中にぐるりと回す。
 金属のホックがなかなか上手く留められなくて。ちらり、と様子を伺った先には、こちらには目もくれずにチャリン、と金属音を響かせながらバイクの鍵を手でくるくると回しながら仰向けに寝転んでいる体躯が見える。高校一年生……なんていう思春期真っ只中の男の子だったら、こういう女のシチュエーションなんて喉から手が出るほど見たいもんじゃないの?


「ちょっとくらい手伝ったり、チラ見してくれても良くない?」
「ん?」
「……」

 アタシの一声でこちらに振り向いた後、その男は十五歳とは思えない表情で目を細める。
「嘘だよ。分かってたけど着替え見られるの好きじゃ無いかなって思ってさ。さっきのも良いけど、その下着も似合ってる」
「……あ、そう。……ありがと」

 ……前言撤回。思春期真っ盛りの男の子?ううん、この男に関してはまったくそれは当てはまらない。下手な大学生よりもよっぽど女慣れしてて、世間慣れしてる。勿論、セックスも空気の読み方も。私が知る水戸洋平っていう男は、そういう青年だった。
 バスタオルと拾ってきた彼の服を目の前に突き出す。
「はい、あなたの分。これバスタオルだからシャワー浴びてきて」
「いいよ、このままで」
「汗くさいまま寝るのやだよ」
「いや、もう今日は帰るからさ、大丈夫」
「……明日、何か予定あるの?」
「友達がさ、明日インハイ予選の試合なんだ。応援しに行ってやりてえし」
「へえ、そーなんだ。ハナミチくん?」

 『ハナミチくん』は洋平の口からよく出てくる男の子の名前だ。昔からずっとつるんでいて、今年の春からバスケ部に入ったんだとか。そういう話を聞いていると、ああ……洋平って本当に高校生なんだ……って思ったりする(そして未成年淫行……というこわい言葉が脳裏によぎるけどアタシは知らないふりをする)。


「ああ、アイツも出るし……たぶん三井さんも出ると思う」
「ミツイサン?」
「……うん、三年の先輩。ワケあってブランクあってさ。三年の引退目前に復帰したっていう」
「へー!そうなんだ」
 なんだかドラマティックな復活劇なのね、その話は初めて聞いたから、なんだか興味深くなる。もうちょっと詳しく話を聞こうとしたところで、洋平は寝転んでいたベッドから起き上がってきた。
「だからさ、今日はこれで帰るよ」


 洋平の中で、つるんでいる友人が何よりも大事で、何よりも優先事項。
 それは近づけば近づくほどに。何度セックスしたって、肌を触れあわせて寝たって一緒。彼の中の均衡は、絶対に崩れない。
「……ん、分かった。バイク、乗って帰っていいよ」
「はは、そのつもりだった」
「っていうかもうその原チャ使ってないし、ほぼ洋平のモノになってるけどね」
「助かる」
 さりげなく後頭部に手を回して口付けられる。そんな仕草まで小慣れてるんだから、本当に末恐ろしい十五歳だ。
「バスケ部、勝つといいね。ハナミチくんもだけど、そのミツイサン?て人もさ、引退するまで一試合でも長くやってたいだろうし」
「……ああ、伝えとく」
 本当に伝えるつもりなんて無いくせに(こんな年上の女とセックスしてるなんて絶対に言ってないくせに)その嬉しそうな顔、なに?セックスの時よりイキイキしてるってどういう事?……でも、そんな楽しそうな顔を見ると満更でもなくなってしまう。


(本当に、ずるい男……)
 

 どれだけ私が欲しがっても、この男は絶対に『わたしだけのもの』にはならないのだ。付き合ってはくれても、好きにはなってくれない。水戸洋平の一番には、してくれない。


 でも、もし……この男が友人達と甲乙付けがだいくらいに好きな人を見つけたときは、そうね。
 アタシの、ほんのすこしだけのイジワルが叶えばいいなって思うの。
 その好きな人の一挙一動に内心戸惑って、ホントに甘酸っぱい高校生みたいな恋愛をすればいい。ちょっかいをかけすぎて怒られちゃえばいい。ちょっとイジワルしただけなのに泣かれちゃえばいい。ほかにも沢山、たくさーん!格好悪いことになっちゃえばいい。

 これは、貴方に恋していた女がカミサマに祈った、ちいさい、ちいさい、ほんのちいさな悪いねがいごと。
それがもし、叶ったとしたら……アタシは大声をあげて笑ってあげるわ。



 ――ざまあみろ、ってね。



END