Tik Tik Tik

 ピロンッと軽快な音を立てる動画録画に気づいた流川は、閉じていた目を片方だけ開け、これみよがしに溜息をついてみせた。
 昼休みの屋上。ちょうど陰になった場所には、秋晴れ特有のさわやかな涼しい風が通り抜けていく絶好の昼寝日和。但し、最近のこの先輩の悪癖を除けば、であるが。


「……そんなの撮って何が楽しーんすか」
「いや、お前の寝てる所なんて他の奴等からしたらレアだろ?動画上げたら結構再生数いくんじゃないかって思ってよ」
「再生数が多かったらなんか得でもあるんすか」
「いや、ねーけど……。でもさ、お前黙ってたらイケメンだろ。親衛隊もあるくらいだしさ。そんな男がすやすや寝てる所なんて女どもなら皆見たがるだろ。皆が見てえ!て思うのを提供するのもシャカイへのホーシ?てやつじゃねえ?」
「全然分かんねーし、先輩あんまよく分かってないのにわざと難しいコトバ使わなくていいっす」


 スマホをいじりながら自分の前にしゃがみこみ「惜しかったな~」なんてブツブツとつぶやいているのは、流川より二つ年上の先輩――三井寿だ。
 部活の連絡網LINEすら面倒くさがっていたこの先輩がこんなにも動画投稿に夢中になってしまった理由は、一本の短い動画を気まぐれにアップしたことから始まる。
 スリーポイントのシュートフォームの確認で、マネージャーに撮って貰っていたその映像を何の気なしにTikTokにあげたところ、思いのほか反応が良かったらしい。
 コメントで『10本連続3P決めるのはすごすぎる!』だとか『めちゃくちゃ格好いい♡』だとか、他にも色々。聞いてもいないのにドヤ顔でその動画投稿画面を見せてきた三井が、動画投稿第二弾としてUPしたのは毎日恒例の自主練1on1。
 その動画も瞬く間に再生数をうなぎ上りに上げていき、そこにはまたコメントで『バスケセンスすげえ!』だとか『黒髪の子も格好いい♡』『イケメン二人で眼福すぎ』などと絶賛の嵐(先輩談)。
 誉め言葉にめっぽう弱い三井が、動画投稿に夢中になってしまうのも時間の問題だったわけであり、最近はバスケのネタが無くなったのか、隙あらば流川の動画(特に何をしているわけでもないが、そういう動画もウケるらしい)を撮ろうと必死になっているのであった。


「動画くらい撮らせろよ~先輩権限で」
「先輩、ショーゾー権のシンガイって知ってる?」
「許可なく投稿したりなんかしねえよ。いっつもお前にOK貰ってんだろ?」
「ポカリ一本は安すぎ」
「それに釣られるお前もどーかとおもうけどな」
何だかんだでいつもOKしてしまうのは、三井の笑った顔を見るのが好きだから……なんてことは露ほども知らず、当の本人は次の手を考えているらしく、むむ……と考え込む仕草をみせている。
「仕方ねえ、寝顔大作戦はボツだ。今日はイケメンバスケ部二人の昼休みの過ごし方にすっか」
「……何それ」
「いーから。よっ……と」
 身体がぴったりと触れ合う距離に三井が近寄ってくる。制服越しに伝わる熱に、流川の心の中がざわつく。そんなことは知る由のない三井が、インカメラに設定を変えた。
「こーやったら二人で撮れるだろ。ほら、先輩と後輩が仲良くしてます~ってのもなかなか女ウケいいんだぜ」
 がしっと肩を組まれる。動画の再生音が鳴り、どうやら録画が始まったようだが、流川の目線はある一点に釘付けになっていた。今までこんなに近くで見たことがないほどの距離に、三井の横顔がある。幅の広い二重瞼に、凛々しい眉。男らしく高い鼻に、やさぐれ期の顎の傷。そして、今も軽快に言葉を紡ぐ、その唇。ふっくらとしたそれに触れたい。頭でそう思ったときにはすでに、流川の手が三井の頬に添えられていた。
「何、流川――……」
 自分の唇を、三井のそれにくっ付ける。ふに、とした感触が唇に伝わるその時間は一瞬にも数秒間にも思えた。ぺろり、と唇の表面を舐めるとかすかにチョコレートの味がする。そういえばさっきまで三井が食べていたのはチョコパンだったっけ、なんてどこか頭の片隅でやけに冷静な事を考えていたら、突然頭上から強い衝撃に襲われた。
「っ……痛……」
「な、何してんだよ!?る、流川お前っ……いきなり何なんだ!?」
「……痛てぇ」
「当たり前だ!!じゃなくて!なんでこんな……」


 なんでこんなことをしたのか、そんなの決まってる。でも、なんとなく今は正直に言いたくなかった。さっきまで触れていたはずの三井の唇がわなわなと震えている。
 チョコレート味のその唇をいまだに目で追いながら、ふと思い浮かんだ言い訳を口に出す。
「先輩後輩が仲良くしてますってやつ」
「あ?」
「キスするくらい仲いいってこと、動画?投稿したら反応いいんじゃないすか」
「はあ!?こ、……こんなのアップできるわけねーだろ!ばか!あほルカワ!」
「……もうねみーんで、寝ていーすか」
「これで寝れるお前の神経どうなってんだよ!ってコラ!勝手にセンパイの肩借りんじゃねえ!」


 信じらんねえ、お前のテーソーカンネンどうなってんだ、なんて肩をいからせながら撮った動画をお蔵入りにする三井の耳が真っ赤に染まっていたことを流川は知ることなく、すやすやと心地いい昼下がりの睡眠をとるのだった。


END