「湘南の砂浜ってなんか……色黒っすよね」
先日部活で行った砂浜ランニング。休憩中にそう同意を求めてきたのは宮城で、そうか?と首をひねったのは三井だ。こちとら、物心ついたときから身近にあった海だ。改めてそんな事を思う機会もなかった。
ただ、宮城の言い方のウイットさから「オレは色白派だけどな」なんて女性の肌の色の好みを答えるという冗談で返して、やれアヤちゃんはどっちだ晴子さんはどっちだと桜木もやいのやいのと会話に加わり、本題が有耶無耶になったままランニングが再開されたおかげで、あの時はじっくりと考える暇がなかった。
ただ、そう言われてみれば確かに。砂浜の色はどことなく深みを帯びたグレー色をしているし、パッと思い浮かぶ沖縄の海は、青い海と白い砂浜だ。この色は輝くようなあの真っ白な砂の色と似ても似つかない。
三井は誰かが置き忘れたらしいビーチシートに腰掛けながら、ぼんやりと押し寄せる波と宮城曰く『色黒』の砂浜を見つめた。
おそらく湘南育ちの、今からやってくるアイツにも聞いてみようか。でも自分よりも周りのことに無頓着なあの男が、砂浜の色を特段珍しいと思っているわけもない。
あの男――流川楓――はきっと、湘南の海が虹色に光り輝くほどの超現象に遭遇しても「おぉー……」くらいしか言わない気がする。
すると、江ノ島方面の海沿いから、ランニング中らしい見慣れた187㌢の男が駆けてくるのが見えた。米粒大だった姿から、少し伸びた黒髪を確認できるまで近づいてきたタイミングで小さく右手を上げると、その男も三井の姿を捉えたようだった。
流川は歩幅をゆっくりと落として、三井の目の前で止まった。軽やかな息を弾ませて、肩を上下している。今日神奈川に帰ってくると聞いてはいたが、まさか自分と会うまでに「ランニングも兼ねて走っていく」と言い出すとは思わなかった。
「お前さあ、今日帰ってきたのにもう自主練してんのか?オーバーワークはすんなよ?」
「今日はバスにずっと乗ってただけだから、逆に身体なまってる」
「それならいいけど。……つーか、久しぶりだな」
「うす」
全日本のジュニア合宿に呼ばれていた流川とは、一週間ぶりの再会になる。一般的に考えるとそこまで長い間いなかったわけではないが、ほぼ毎日顔を合わせていた男と二週間も会わないとなると、それは『久しぶり』といえるだろう。
三井は自販機で買っておいたスポーツドリンクの青い缶を流川に向かって放った。下投げの綺麗な放物線を描いたそれは、流川の胸の辺りで危なげなくキャッチされる。三井もプルタブをあけて煽ると、青い缶よりも少しだけ色を薄めたスカイブルーの空が、視界に広がる。
「どーだった?合宿」
「つえーヤツ、結構いた」
海風に吹かれる黒髪を無造作になびかせ、唇が少しだけ緩められる。合宿は、期待通りの結果をこの十五歳にもたらしたらしい。
全国から集められる猛者たちを相手にピックアップゲームなどで培われた経験と勘は、またこの男を一回りほど大きくさせたのだろう。それは先輩として誇らしくもあり、同じプレイヤー目線としては……少しだけ羨ましい。
この男にはまだあと二年、高校生でいられる歳月がある。三井自身、後悔はしていないといえば嘘になる。けれども自分にはあの二年間が必要だったと今は思っている。それでも、この男にだけは。一片の翳りもなく真っ直ぐに育って欲しいと思ってしまうのは欲目だろうか。
「そういやさ、お前がいない間、部活で砂浜ランニングしたんだけどよ、宮城が湘南の海岸ってなんか色黒だって言ってた」
「色黒……?」
「あいつ沖縄出身らしくて。あっちは砂がもっと白いらしいんだよな。地質の関係かもしれねえけど。お前そんなの気にしたことある?」
「……?さあ…………特に、海の色とか砂とか気にしたことねー」
やっぱりな、と三井はこっそりほくそ笑んだ。やはりこの男は海がレインボーもしくは砂浜が金色に光り輝かない限り、気が付かないに違いない。三井は数分前の自分に対して、心の中でグッと親指を立てた。
さて、三井がそんなことを考えてる間に、流川が何故かナイキのジャージの上半身のジッパーをジジ……と下げている。走ってきたから暑いのだろうか。ぼんやりとその様子を眺めていた三井の視線をちらり、と確認した後、流川は下までジッパーを全部下げたパーカーの左右の裾を手で掴んだ。
三井が何か茶々を入れる暇もなく、一瞬のうちに流川はバッとジャージをひろげて三井に相対して見せた。言うなれば、木と木を飛び回るモモンガの如く。
「…………え、何?」
「………………」
じっと黙ったままの流川の姿をまじまじと見つめる。日避けにでもなってるつもりなんだろうか。さっき流川に投げかけた『砂浜の「色黒」の話』を思い出しながら、三井は首をかしげた。コイツも色白派なのか……?波がざあ、と打ち付けるBGMと見つめ合う男子高校生。奇妙な時間が数秒流れたのち、ようやく三井は流川がジャージの中に着ているJAPANの文字に気づくことができた。
「あ、それ!全日本のユニフォーム?」
「…………」
こくり、と首を縦に振られる。赤と白をベースに、斜めに『JAPAN』と書かれているそれは、流川の表情とあいまって、ユニフォーム自体も誇らしげに見えなくもない。
「へえ!格好良いじゃんかよ、それ」
「うす」
「似合ってる」
「……うす」
「……もしかして、それ、オレに見て欲しいから今日呼び出したのか?」
「…………」
流川は黙秘権を行使したものの、これは沈黙は肯定と取っていいシチュエーションではないだろうか。三井は小さく笑いを噛みころした。
「でもよ、オレ以外にソレ、やらねえほうがいいぜ?ワケわかんねーし、桜木あたりなら一気にこいつケンカ売ってる!ってわめきそうだしな」
「…………さっきケンカは売ってきた」
「……ん?」
ここに来るまでに、既に入院リハビリ中の桜木と偶然にも、そして非常に運悪くエンカウントしており、その際に同じく『流川=モモンガ=楓』を披露してしまった事に関して、三井は知る由もない話だった。
end
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