きっとしらない

 あの人はきっとしらないのだ。

 もうすぐ花開く桜の木の下で、卒業証書を手に照れくさそうに笑った顔。
 空になった部室のロッカー。
 相手のいなくなった1on1。
 冬空の下、ウインターカップ後の最後のミーティング。
 ただ一人の三年生のくせに初雪だと一番おおはしゃぎしていた姿。
 焼き芋の香りに鼻をくすぐられながら二人乗りで帰った自転車。
 秋のくせにまだ暑いなと、サボった五限目にこっそり半分こしたアイス。
 自主練の帰り、駅まで自転車で送っていくことがいつのまにか当たり前になった二学期初日。
 夏の花火みたいに一瞬で通り過ぎた広島の数日間。
 初めて自主練に誘った夕暮れ。
 むせ返る初夏、静岡で茶畑の香りを背に汗みずくの背中を追った合宿。
 握力が利かなくなって小さく痙攣した手でハイタッチをしたインハイ予選最終戦。
 特に言葉を交わさなくても試合中のパスで分かり合えた緒戦。
 誰もいない朝の体育館、青痣だらけの顔で、祈りを捧げるようにバスケットボールに口付けていた横顔。
 短く刈りあげられた甘栗色の髪。

 6.75mの距離で、いつのまにか恋をしていたこと。