【長谷三】妄撮夢射

 長谷川一志は非公式写真を恨んでいた。

 唐突だといわれるかもしれないが、それはまぎれもない事実だ。
 非公式写真とは、チームが公認していない写真のことだ。試合はカメラ撮影が容認されているが、それは試合中だけのこと。アウェイ帯同や移動中のプライベートな姿を撮影することはもちろん禁止されている。それなのにも関わらず、こっそりと隠し撮りのようにとられた写真――……それらを全般的に非公式写真と呼ばれている。

 長谷川の非公式写真に向ける憎しみはもう、親の仇よりも深いものだった。中学生だった長谷川の目の前に彗星の如く現れた『三井寿』の為にならないことは、何であったとしても、長谷川の目の黒いうちは許すことが出来ない。

 さて、前述しておくが、長谷川は三井寿をこの上なく愛していた。
 初めて出会った中学生時代も、グレている所を偶然目撃してしまってガンつけられた時も、高校最後の年――……ベスト4をかけた試合で再び出会った時も。あの頃はただ、負けたくない、いつか超えたい存在……と思い込んでいたけれど、それが恋慕だったことに気づいたのは、プロのバスケリーグで活躍する三井寿のポスターを、外回り営業の最中に偶然見かけたことがきっかけだった。
 あんなに情熱を注いでいたバスケットボールと遠く離れた職業で、地道に毎日得意先を行ったり来たりする日々。特に趣味もなく、彼女もおらず、仕事しかなく、昇進に昇進を重ね、最年少で営業課長に就任した時も何の感慨もいだかなかった。

 そんな長谷川に突如訪れた転機――それは、三井寿に三たび(ポスターではあったが)出会ったことだった。

 あの頃と変わらないヘアスタイル。日本人にしては少し色素の薄い焦げ茶色の髪をなびかせ、汗がスタジアム内の照明できらめく。中学時代から全く変わらない、すべてのバスケットボールプレイヤーのお手本になるようなきれいなシュートフォームを見ていると、自分の気持ちまで若返ったような気がしたのだ。
 三井寿が試合前にチームメイトと仲良く談笑する姿を見ると、心がほっこりした。競った試合展開で相手チームのディフェンスに吹っ飛ばされている所を見ると、打ちどころが悪かったんじゃないかと心臓が止まるような心地がした。それでも勇猛果敢に、ぎらぎらと勝利への執念を燃やす瞳を見て、長谷川は溢れ出る思いが頬を伝うのを止めることができなかった。


 三井寿は、あの頃と全く、何も変わっていない。

 自分は石橋をたたいて割るような男だ。
 長谷川は生まれてこのかた二十余年、一目惚れなんて有り得ないと持っていた。そんな彼は、プロリーグで活躍する三井寿を一目見た瞬間、漫画のワンシーンのごとく恋に落ちてしまったのだった。

 三井寿が出ている雑誌はくまなく購入した。
観賞用と保存用に2冊買う事は、長谷川の給料では造作もないことだった。テレビは、三井寿のためにあと1台追加で購入した。
 今まで、テレビといえばニュースを見る程度だったので、そこまで大きいものは必要なかったのだが、どうしても長谷川は大画面でバスケットの試合を鑑賞したかったのだ。そして、レコーダーは2台追加投入した。2台でもよかったのかもしれないが、初代のレコーダーは5年程前のもので、割とガタがきている。それに、2台とも録画を失敗してしまったことのことを考えたら……精神衛生上よくない。多ければ多いほど、録画失敗のリスクは低くなる……そう思った瞬間、長谷川は「二台買います」という言葉と、黄金に輝くカードをレジで提示していた。

 後悔など、一瞬たりともなかった。
 試合は一度きり。円盤化などされるわけもない。よって、一度の誤作動、一度のエラーが多大なる後悔につながるのだ。その後悔に比べたら、もう一台レコーダーを購入することなど何でもなかった。 

 とにかく、人生は地味堅実、真面目一徹、質素倹約……で生きてきた男が、生まれて初めて気が狂ったように執着したもの――……それが、三井寿というバスケットボールプレイヤーだったのだ。

 冒頭に戻るが、長谷川は何よりも三井寿を愛していた。
 そして、非公式写真を何よりも恨んでいた。 何故かというと、この非公式写真を買ったとしても、三井寿には何の得にもならないのだ。この売上は撮影禁止にも関わらず隠し撮りをした、ただの不届き者の懐に入るだけなのだ。
 そんなことがあってはならない。長谷川は、曲がったことが大嫌いな男であった。
「クソッ…………」
 だがしかし、長谷川が非公式写真を恨んでいるのは、もうひとつある。……びっくりするほど、ファン心理を掴んでくる写真を売りに出すのだ。おそらくオフの日の自主練で、暑そうにTシャツをはためかせて腹が見えている姿だとか、汗で湿った髪をかきあげる瞬間だとか、アウェイ帯同の移動中に可愛い顔をして居眠りしている姿だとか。
……とにかく、非公式写真に写っている三井寿はすべて、魅力的以外の何物でもなかった。

「この写真を……何故公式は撮れないんだ……ッ!」
 黒縁の伊達眼鏡をかけて、マスクをして。会社の誰にも見つからないような変装をして、長谷川は今、東京の某非公式ショップへと足を運んでいる。公式グッズをしこたま買った(グッズ購入費は回りまわって三井寿の為になるので)あと、偶然目についた非公式写真を売っている不届き者の店を見つけてしまったのだ。

 自分の金は、すべて三井寿の為に使いたい。
 しかし、この写真に投資することは、彼の為にはならないのだ。でも、でも……!
 長谷川は歯を食いしばった。
「クソ……だが、……っ最高だ……」
 ぽろり、とこぼれた言葉。ついつい漏れてしまったひとりごとを、誰も聞いている者など居ないと思っていた。
「まじか?サンキュー」
 その青年の声。その声を、長谷川は何度も何度も聞いたことがあった。
「えっ……?」

 ゆっくりと後ろを向く。そこには、今自分が見ていたチームのジャージを身にまとった三井が立っていた。こちらをみて、にっこりと笑う。
「三井……寿……?」
「おう、久々だな。長谷川」
 こちらにVサインをする。そんな姿もとても可愛い。……ではなくて、どうして彼がこんな場所にいるのだろうか。しかも、ここは非公式写真を売っている店なのだ。
 そこで長谷川はハッと気づく。このままだと、自分も非公式写真に手を出す不届き者だと思われてしまうではないか!
「ち、違うんだ三井寿!俺は……俺は……写真は買っていない!これを買ったとしても、お前に得になることはひとつもないと思っている……。いくら可愛い写真であろうとも、俺は……!」


 わたわたと、自分でも情けないくらいの言い訳を重ねる。
 こんなことを言っても、きっと三井は信じてくれないだろう。 
 しかし三井は、それを聞いて優しく頷いた。

「いや知ってるぜ。長谷川はオレのために我慢してくれてるんだよな?……もっといろいろ知ってる。雑誌は2冊ずつ買ってくれてるとか、現地での試合観戦にできるかぎり来てくれてるとか……。ファンクラブにも入ってくれてるんだろ?しかも二名義で」
「三井……寿……?」

 どうして、そんなことまで知っているのだろう。長谷川は彼の真意を掴めず、ただ動揺することしかできない。
「長谷川が、オレのことすごく応援してくれてることも、ぜんぶ知ってる。オレのためにならないからって、非公式写真は買ってないことも……でも、本当は欲しいなって思ってることも……だから、オレ……」

 三井が後ろ手で持っていた何かをそっと差し出す。それは、接写レンズのついた高価な一眼レフだった。
「今日は特別に…………オレのこと、飽きるまで撮っていいぜ」
「ど、どういう……ことだ……」
「写真もいいけど、ホンモノのオレのこと……撮りたくねえ?」

 三井がそう言い終わると、周りの情景がパッと変わった。先程までは、薄暗い非公式写真の店に居たはずなのに、この生活感あふれる部屋は、まぎれもなく長谷川の自室だ。
 何がどうなっているのか全く分からない。けれども、そんな長谷川をよそに、三井寿はすたすたとベッドのほうへ向かうと、長谷川がいつも寝ているベッドにぽす、と腰かけた。
「なあ、長谷川……?」
「あ、ああ……」
 いまだに、頭の整理が追いついていないが、とにかく誘われるまま、長谷川はベッドのほうへ近づいていく。そして、上等そうな一眼レフを受けとった。


「それ、使って……オレのこと、沢山撮れよ」
「え、あ……あ、あの……」
 三井が上半身を投げ出すようにして寝転がる。いつのまにかジャージを脱いでいたらしく、いつも見ているユニフォーム姿になっている。何故かインナータイツを穿いていないらしく、太腿のきわどい所まで裾が上がって、もう少しで下着が見えてしまいそうだ。
 未だ固まったままの長谷川を見つめ、三井が首をかしげた。
「……俺のこと、撮りたくねえの?」
「撮りたい……が……」
「なんでも撮っていいんだぜ?」

 三井の瞳がすうっと細められ、腕が長谷川の肩に触れる。ぐっと引き寄せられて耳元で小さく囁かれた。

「もちろん……オレのえっちなところも……」
「……ッ!」
 その瞬間、長谷川は三井の首筋に貪り付くようにして、獲物にしゃぶりつくように押し倒していた。




 上半身のユニフォームは、長谷川によって首のあたりまでたくし上げられている。それによって、三井の胸の突起が朱を帯びてぷくんと立ち上がっている様子をじっくりと観察することが出来た。
「……っ、は、あ……はせが、わ……」
 息を乱しながら、三井の腕がゆるゆると長谷川の身体にのばされる。その瞬間、長谷川は初めて一眼レフのシャッターを押した。


――カシャッ……



「……どうだ?長谷川……おれ、綺麗に、撮れてるか……?」
「ああ。……すごくいやらしい顔をして……こっちに手を伸ばしてきてる様子がばっちりだ」
「へへ……はずかし……」

 口ではそう漏らしながらも、三井の表情は満更でもないといった様子だ。
 試合中に支障の無いよう、最大限に軽量化されたユニフォームは、ベッドの上で横たわった三井の身体のラインを隠そうとはしない。無駄な肉がまったくない腰のあたりを撫でてやると、くすぐったそうに身をよじった。そのまま臀部のあたりにおそるおそる触れると、小さく吐息を漏らして、閉じていた膝をすり、っと擦りあわせる。その細い足を、手で少しだけ力を込めると、いとも簡単に割り開かれた。


 長谷川は、ごくりと喉を鳴らした。
 自分だけが、こんな三井寿を、こんな近くで見ることが出来るのだ。
 沢山のファンの中で、自分だけが。

「……三井、寿……」

 緊張と興奮で震える手を、ズボンのゴムにかける。少し力をかけて下にひっぱると、いとも簡単に膝のあたりまでズボンがずり下がった。長谷川はズボンを持つ手をそのままに、灰色のボクサーパンツに身を包んだ下半身を写真に納めた。
「ん、……そんなとこ、撮るのか……?」
「……駄目だったか?」
「んーん……長谷川が、撮りたいなら、いいぜ……」
 ふわりと微笑まれる。その勝気そうな唇に触れたいなんて欲求は、許されるのだろうか。
 いや、自分に許されたのは、ただ写真を撮ることだけなのだ。

 理性がそう諭してもなお、長谷川の手は、三井のボクサーパンツに伸びる。
 その中心をやんわりと握ると、甘い声を上げて三井が腰をくねらせた。既にやんわりと立ち上がっている陰茎は、長谷川の手で刺激を受けたことにより、一層反り返っているように思える。その両端にある二つの陰嚢の膨らみもやわく握ると、少し硬くなっているようだ。
 女にはあるはずのないそれらの感触、自分のものと同じはずなのに、長谷川は腰のあたりから湧き上がる興奮を抑えるのに必死だった。
「……っ……」
「長谷川……?ど、した……?」
 興奮のためか、目じりを少し赤く染めた三井寿が首を傾げる。その瞬間も逃さずシャッターを押して、長谷川は苦笑した。
「写真を撮るだけだと言っていたのに、触ってしまったなと思って……」
「…………」

 三井は、少し考えたような仕草で目線を反らす。少しの間そうやって逡巡すると、再び長谷川の顔を捕えた。
「……長谷川が、したいんだったら、いいぜ?オレの……ここ、触りたいんだったら、さわっていいし。舐めたいんだったら、舐めて……いいし。おれが、きもちいいって思う事なら……なんだってしていい」


 三井が、自分の下半身を包んでいる下着を、するりと下げていく。
 髪の色と同じく焦茶色の陰毛がちらりと顔を見せ、そのあとすぐに緩く勃起した先端が見えた。鈴口からはとろり、と透明な液体を滲ませているそれは、思わず喉を鳴らしてしまうほどいやらしい。シャッターを切る手に力がこもる。
「長谷川……なあ、オレのこれ……さわりてえ?」
「……っ……ああ」
「これ……舐めたい?」
「ああ……ああっ……舐めしゃぶってやりたい……」
 低い声で、彼の耳元でわざと吐息交じりに返すと、甘美な嬌声が漏れ聞こえる。自分の言ったことに感じているのだろうか。そんな姿が、ひどく愛おしい。
 男なのに男に組み敷かれて、いやらしい写真を撮られて、こんなことをされて感じている。
「っ……舐めて、しゃぶって……あと、ほかに、ほかにオレにしたいこと……ねえの……?」
「…………」
「なあ、正直に言えよ……」
「……っ……舐めしゃぶって、後ろに、……ッ……挿れたい……っ」
「んっ……長谷川のちんぽ……オレのケツに挿れて……。ずぼずぼ、して……えっちな顔してるところ、いっぱい撮れよっ……」


 下着をすべて脱いで、ユニフォームごと床へ落とす。
 下半身に何も付けていない状態で、三井は長谷川の手をゆっくりと自分の後孔へ誘った。そこは、いまだ何も解していないはずなのに熱く溶けそうなほどで、彼の体液と先走りで濡れそぼっている。

「長谷川のちんぽ……いつでも、挿れて……?」
「……ッッ!」
 長谷川はその瞬間、三井の両脚をぐっと割り開き、滾りきった自身を後孔に押し付けていた。驚くほどすんなりと、ずぶずぶと長谷川を咥えこんでいく。
「アッ!アアッ!そこ、そこぉ!アッアッ、きもち……いぃ……っ」
「……くっ……」
 絶妙な締め付けで、奥へ奥へと誘い込んでくる。三井のナカのうねるような蠕動に耐えきれず、長谷川は激しく腰を動かした。
「アッ!アアッ!はせがわっ……!写真っ……オレの、えっちな写真……もっと撮って……!」
「ッ……!」


 腰を動かしながら、長谷川はファインダーを覗く。
 頬を赤らめて、こめかみに汗が滴る、そんな淫靡な彼の姿を、余すことなく写真に収めていく。顔のアップ、そして全体。自分たちが繋がっている結合部まで。言い合わすことの出来ない充足感と、こみ上げてくる射精への欲求に、すべてを開放したくなる。

「……っ、みつ……いッ……」
「いい、いいからっ……はせがわの……せーえき……なかにだして……」

 長谷川の腰の動きに揺さぶられながら、妖艶に微笑まれ頬を撫でられる。
 こんな幸せな事があっていいのだろうか。長谷川はぐっと奥歯を噛みしめがら、彼の最奥へと飛沫を叩きつけた――――――。

「……みつ、い……ひさ……し……」

 長谷川はゆっくりと瞼を開ける。
 見慣れた天井、それは自分の部屋だ。しかしそこには、三井寿も居なければ、脱ぎ捨てられたユニフォームや下着も無い。一眼レフだって無い。そういった行為をした名残すら、何もない。
 完全なる夢だ。いつのまに、自分は寝てしまったのだろうか。
「……何て夢なんだ……くそっ……」
 長谷川は自分の下半身の状態に気づき、溜息と悪態をついた。とにかく、出勤するためにはこの下半身をどうにかしないといけないことに気付いたからだ。

 長谷川が朝の生理現象をどうにかしているうちに、いつのまにか出勤する時間が近づいてきていた。いつものようにスーツに身を包み、革靴に足を差し入れる。とんとん、と床をつま先で二回鳴らして、自室の扉を開けた。
 その時、偶然にも隣の部屋のドアも勢いよく開いた。
 長谷川がここに越してきてから、隣の住人とは一切会ったことが無かったため、どのような人物が住んでいるのか、今の今まで彼は知らなかった。

 焦げ茶色の髪、幅の広い二重と意志の強そうな眉。くりっとした瞳はテレビと同じで。屋内スポーツゆえにあまり日焼けしない肌。少しだけ上気した頬。後ろ髪は寝癖がついたままのようだ。

 そんな、そんなわけはない。
 きっと夢だ。きっとそうだ。
 いや、これは現実なのだろうか。
 でも、どうして。どうして、彼が、こんなところに。

「……三井寿………?」
 長谷川の震えた声が、彼にも届いたらしい。
「え……?隣に住んでるやつってお前だったのかよ!長谷川……!!久しぶりだな!」

 長谷川の通勤鞄が、ぼすん、と床に落ちた。






END