潮風ホイップクリーム

 バスケの試合の終わりは、勝っても負けてもいつだって唐突だ。

 今年の夏、家のリビングのテレビに映っていた夏の高校野球大会。
 勝ったチームの校歌を聴きながら負けたチームが整列して俯きながら涙を流している。「楓も勝ったら校歌とか歌うんだっけ?」「歌わねー」「そっか、野球だけなのかな」
 ソファで寝転びながらテレビを見ていた姉と他愛ない会話をしたことを覚えている。試合終了後、相手の校歌を聞かされながら泣く球児たち。どちらが良いとか、どちらが悪いとかそういうことではなく、そんな時間が野球にはあるのかと、ふと思ったことがあった。


 その夏にテレビで見た光景を今、自分はこんな時にもかかわらず思い出していた。


「早く!次のチームにベンチ譲って!」


 大声で急いてくる大会スタッフに背を押され、部の備品を両手に抱えて早足で体育館の外へと出る。冬にもかかわらず熱気がこもっていた体育館から廊下に出ると、スウッと冷たい静まった空気が汗ばんだ肌を冷やしていく。「流川、身体冷えるよ」佐々岡が気を利かせて、上のジャージを手渡してくれる。それを静かに受け取り、袖を通した。


 廊下にぽつん、と置かれている古ぼけた椅子に、14番の背番号の背中が静かに座っている。何をするでもなく、ただ、ぼうっと座ってガラス張りになっている建物の中から外の景色を眺めている後ろ姿。


――ああ、そうか。


 相手の校歌を聴くことも涙を流すこともなくコートを立ち去った後、ようやく自分たちが次の試合に進むことが出来ない事実を、流川は心の中にインクが少しずつ染み込んでいくように理解し始めていた。
 街中はクリスマス一色で笑顔があふれる世界のなかで
 自分達は今日、試合に負けた。


■■■




 安西先生のラストミーティングを終え在来線に乗り湘南の地元に帰って来た頃には、とっぷりと夜も更けていた。電車の中でもどこか浮かれた空気が漂う中、自分達だけが違う世界から来たような気持ちになる。


「……寄る?」
「ウス」


 三井の問いに頷く。いつも部活帰りに寄っていたコンビニに、暗黙の了解のように入った。あたたかいエアコンの風と共に軽やかなクリスマスソングが流れるBGMの中、お菓子コーナーには今日限定で売りに出されていたらしいクリスマスケーキがぽつん、とひとつ残っていた。
 もう晩御飯の時間もとうに過ぎている。そんな時間にも関わらず、それはひっそりと誰の手にも渡らないまま置かれている。同じものを見ていたらしい三井が、おっ、と声を上げる。


「ホールケーキが500円とか、すげえ叩き売りされてんじゃん。ちょっと食いてえんだけど」
「さっきラーメン食ったし、ぜったい食べきれねーと思う」
「……確かにそうかも。でも、なんかよ……ちょっと寂しいだろ」


 もうクリスマスも終わりだからって、お役御免で誰にも買ってもらえないなんてよ。そうぽつり、と零す横顔が、何枚も上に貼り重ねられている割引シールを見つめている。


「どんなに頑張っても、買ってもらえなかったんだな、こいつ」
「……」
「なんかオレ見てるみてーでさ、なんてな」


 結局、オレも推薦とか一校も来てねえしさ。冗談交じりのその声に、無言で俯いた。
 あんたもこのケーキもお役御免なんかじゃない。どこかで絶対にあんたを大学に欲しいって思ってくれてる人がいるはずだ。そうじゃねーとおかしい。その言葉は、喉の奥でつっかえて出てこない。その代わりに、自分の右手が白い箱の取っ手を掴んだ。


「……るかわ、」
「やっぱ美味そうだし食える気がしてきた。甘いものは別腹」
「なんだよソレ」
「ねーちゃんが食後のデザートの前によく言ってる」


 その自分の言葉に「そっか」と頷きながら三井が口角を上げた。
 あ、やっと笑った。
 試合が終わってから、三井はどこか遠い所を見ているような表情ばかりしていた。その笑顔に、少しだけほっとしている自分がいる。




■■■




 公園のベンチに置かれたホールケーキを、コンビニで入れてもらったプラスチックのスプーンとフォークで掬って、大きく開かれた口に収められていく。


「ん、うまい。生クリームそんな甘くなくてどんどんいけそう」
「どんどんいってくれねーと困る。半分がノルマ」
「分かってらい」


 ドーム型になっているケーキを、山崩しのようにフォークで切り分け、スプーンが口元に寄せられる。その繰り返し。お互いに無言のままケーキを味わう。
 あたたかい室内で食べるのとは違い、ここは真冬の夜の公園だ。手もかじかんでくる。自分でも寒いと思うのだから、隣の男はよりいっそう寒さが堪えているだろう。ケーキを掬おうと俯くと、三井のケーキを食べる手が微動だにせずじっと動かないまま止まっている。


 もしかしてもう要らないんだろうか。三井が各ノルマの半分以上を食べれないのは想定内だったが、さすがにこれだけ残されるのは困る。自分の胃袋だって無限大ではないのだ。センパイ、ノルマの四分の一も食べてねえ。そう言いながら隣を見て、流川は静かに瞠目した。


「ッ……ごめ、……たべる、ッ」
「センパイ、あの」
「食べる、から……ッ」


ケーキを頬張りながら、顔をグシャグシャにして泣いていた。



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一旦終………

っていう……クリスマスの叩き売りのホールケーキを食べながら、試合が終わって現役引退が決まって、東京から地元の神奈川に帰って着、今まで一粒も流してなかった涙をぼろぼろ零しながらケーキを頬張るクリスマスの流川楓とまだ大学推薦の話がひとつも来ていない三井寿(先輩後輩以上、恋人未満)があってもいいなという想像をしていて爆発しそうだったのでラフ小話で失礼致しました……メリークリスマス……この二日後に推薦の話が来ます……よかったね…