あの流川くんなら、喜多川歌麿だって流川くんをモデルに美人画を描いただろうわ。そう語ったのは流川楓親衛隊、№1114のとある女子生徒(美術部所属)の弁である。
ええ、きっと描くわ。女性じゃなくても流川くんの見返り姿なんて絶対に美しい。
喜多川歌麿の代わりに私はあの流川くんをこっそりスケッチしたといっても過言じゃない。きっと歌川広重であっても、仕上げにかかっていた風景画を放り投げてあの流川くんを描写したに違いないもの。
かの有名な東海道五十三次の版元を放り投げるとはいかほどか、とも思うが、鼻息荒い彼女の言葉に、美術部部長である私は気圧されつつ小刻みに頷いた。
中庭の秋桜のスケッチに出かけたはずの彼女がどうして流川楓を描くことになったのか。そう問うと、彼女はきらきらと目を輝かせた。
唐突に流川くんが中庭に現れたの。「この花、一本だけ千切っていーすか」って。そばで花壇の世話をしていた園芸部の子が、コンマ一秒でぶんぶんと頷いた。「流川くんに愛でられるなら、秋桜も誇りに思うと思います!」。
その子に、流川くんは首を傾げながら小さく「ウス」と頭を下げて、一本の秋桜を手折ったの。そして、おもむろに秋桜の花びらの花弁を指で摘まんで、ひらひらと秋空に放ったわ。
また一枚、また一枚。
伏せた目元の長い睫毛と花弁が風にそよめいて、息を吞むほどに美しかった。
なによりも、あの流川くんが叶わない片想いに憂い、花占いで恋模様を花に問いかけている。その情景は、あまりにも耽美。秘められた恋慕、儚い恋に憂う美少年。これを描かずに何を描くというのかしら!
まるでアメリカ大統領の演説の如く堂々と胸を張った彼女。
彼女のスケッチブックには、流川楓が恋に悩む切なそうな顔をした横顔が精彩に描かれていたのだった。
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「センパイはオレの事がスキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ……」
「流川……花占いは好き、嫌い、好き……って、交互に言うらしいよ?」
「センパイがオレのことキライな確率とか、ありえねー。あってもオレが無くす」
「あ、そう……」
じゃあ占う必要なんてなかったのでは?
流川に花占いを教えた張本人の石井は、儚くもなく、秘めたる恋慕でもない、流川的に恋愛成就確定ガチャな恋占いに無理やり付き合わされているのだった。
終
2023年夏インテの有志アンソロに出させてもらったものです。夏がテーマなのにコスモスの話を書いてしまい(阿呆)必死に再校でぼやかしたのですが、自分のlog倉庫にはオリジナルそのまま載せておきます笑