「カロリーメイト」
「んあ?」
脳内で組み立てられる『カロリーメイト、ありがとうございました』という日本語は、自分の喉に詰まって単語だけがぽろり、と零れ落ちた。
いつだって自分はそうだ。頭の中で考えていることの、二割もうまく言葉にできない。
それでも、何だかんだ意思を汲んでくれるチームメイトや家族に恵まれて、ここまで来たように思う。そして、目の前にいるセンパイは、その筆頭格の男である。
まだ残暑厳しい日差しが差し込む屋上。強い日差しゆえに濃くなった貯水槽の影に身を寄せている。
「カロリーメイトぉ……?」
甘栗色の短い髪を秋風に揺らす。ソーダアイスを咥えながら、何やら思いを巡らせる表情をしたあと、とぼけたような顔をした。
「なんだそれ?誰かに貰ったのか?」
「……『全日本合宿ガンバレよ』って書いてた」
「へえ~?そうなんだ。オレじゃねえけど」
嘘。ニヤニヤと目尻を下げながら、悪戯を仕掛けた五歳児のような顔をしている。バレバレじゃねーか、どあほう。
「親衛隊の誰かがこっそりくれたんじゃねーの?」
「部室のロッカーに入ってたけど」
「不法侵入かあ?そりゃあ頂けねえなあ」
ニヤニヤとした顔はそのまま。咥えたまま溶け落ちたソーダアイスがぽたり、と鎖骨のあたりに垂れたらしく「おわ!」なんて大袈裟に驚いている。下に着ているTシャツまで染みたらしい。
「流川!ウエットティッシュ!!」
「持ってるわけねー」
そもそも、自分がウエットティッシュを常に持ち歩いているような男じゃないことくらい分かっているだろうに、一応聞いてみる所がこのセンパイらしい。肌ベタベタすんだけど!なんて大きな声でわめいている。きっとこれは、嘘をついたバチがあたったに違いない。ざまあみろ。
ぱたぱたと染みたソーダアイスの汁を乾かしながら、センパイが空を仰ぎ見た。
「部員でもねえ。親衛隊でもねえ……ってことか」
「っスね」
だからアンタだろう。その言葉は喉の奥でつっかえる。あまりにも楽しそうな顔をして茶番を演じているので、なんとなく興ざめさせたくなかった。
「そうなったら誰がお前にカロリーメイトなんてやったんだろうなあ?」
「……カロリーメイト妖怪?」
ぶは、と大きな口を開いてセンパイが大笑いしている。お前、そんな真面目な顔して妖怪ってマジかよ。謎のツボにはいったらしく、横腹が痛いだとわめいている。
「そっか~カロリーメイト妖怪かあ!名探偵ルカワのおかげで謎が解けたぜ。真実はいつもひとつ!」
「……ス」
「じゃあそのカロリーメイト妖怪に御礼しねえとな?」
面白おかしさを堪えきれていない表情で、こちらを見てくる幅広の二重。その瞳の奥に自分だけが映っている。
「お礼もしてーし、勿体ないから食えねえっす」
「なんで?」
「……嬉しかったから。一生取っとく」
そういうと、意表を突かれたような顔をしてセンパイが黙った。ざあ、と風が屋上のフェンスを揺らして通り抜けていく。昼休みに自主練をしている吹奏楽部のブラスバンドの音と、校庭のグラウンドではしゃぐ声が小さく聞こえてくる。
「……そこは、その……腐るから早く食えよ」
いきなり言葉の歯切れの悪くなったセンパイの言葉に、静かにこくり、と頷く。
「……でも箱は捨てないで取っとく」
「……あっそ」
「ウス」
いつだって自分はそうだ。前述したとおり、頭の中で考えていることの、二割もうまく言葉出来ない。
センパイにしか、カロリーメイトのフルーツ味が好きだって伝えたことが無いこと。
センパイから貰ったエールだから嬉しかったんだとか。
こういう何気ない休み時間が、いつの間にか心地よく思ってるだとか。
そういうこと、何一つと言葉として言えない。
でも、今はそれでいい。
「カロリーメイト妖怪、信じるうちは来るらしいぜ」
「……サンタみてーなモンなんすか?」
「…………たぶん」
終